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今週のうまい甲斐

今週のうまい甲斐

椎茸典座

しいたけは日本を代表するキノコのひとつで、「shiitake」というそのままの名前で世界中に知られています。

その歴史は詳しくわかっていないそうですが、古事記の中にすでに「椎の木に生えた茸をたべていた」と記されているので、天然に生えている椎茸を食べていたことは確かなようです。

 

 

中国では早くからその薬効効果に注目されており、椎茸が珍重されていました。

千年以上前、日本で椎茸が栽培されるようになるとその品質の良さから、主に中国に輸出されるようになり、当時の国内消費は少なかったといわれています。

 

最近、精進料理に興味があって、図書館で借りた永平寺の本の中に、開祖である道元禅師の「椎茸典座」なる逸話がありました。

道元禅師が若かりし頃、中国に禅道の真髄を究めようと入宋したとき、着いた港で椎茸の買い付けに来ている老僧に出会います。

老僧は、長い間修行も積んでいましたが、再度志を立てて再修業の道を選んだとのこと。そのことに対し、道元禅師は「再度志を立てたほどの貴憎が、どうして典座の職(禅寺で修行僧の食事を司る役職)などしているのですか。

修行というのであれば、坐禅をしたり、お経の研究をするとか、公案工夫をするとかでなくては意味がないのではないですか?」と尋ねると、その老僧は「立派なお若い外国のお客人よ、あなたはまだ修行や求道のなんたるかがわかっておられないようですなあ」と答えたそうです。

また、別の日に暑い陽ざしの中で汗水を垂らしながら椎茸を干していたその老僧に「なぜ修行僧や下働きの人にさせないのか、またもう少し日が傾いてからでもよいのではないか」と道元禅師が尋ねると「自らすることに意味があり、今の時をおいて、他にどんな時があるというのだ」と返したそうです。

修行することは日々の生活の中にあり、また人任せにした分お米や水の尊さがわからず、ものを粗末にしがちになってしまう。

ものに「いのち」があることを会得せずは「修行」にはならないということを説いたエピソードです。

 

椎茸本体とは少し離れた話になってしまいましたが、「日々の生活を丁寧にすることの大切さ」、「仕事ひとつひとつに真髄があること」、「頭でわかろうとせず、問題と自分とが一体になること(行動して会得すること)」など、短い問答の中に今の生活にも通用する深い人生訓がありました。

 

 

 

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